大判例

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大阪地方裁判所 昭和43年(わ)273号 判決

被告人 西精已

大一五・二・八生 無職

主文

被告人を禁錮三年に処する。

但しこの裁判確定の日から五年間右刑の執行を猶予する。

訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

罪となるべき事実

被告人は大阪市南区難波新地六番町一二番地所在南海電気鉄道株式会社に、運輸部「難波列車区」所属の運転者として勤務し列車運転の業務に従事するものであるが、昭和四二年七月二四日、南海本線下り急行一九〇三旅客列車(四両編成)を運転して同日午後八時七分頃尾崎駅を発車し、時速約八〇粁で急行通過駅である大阪府泉南郡南海町箱作三二〇番地所在の箱作駅にさしかかつたが、たまたま同駅においては、同日午後八時二分頃三番線(上り副本線)に到着した上り八〇二二貨物列車に、同駅六番線(貨物引込線)に留置中の貨車一両を引揚げて増結するべく右貨物列車の入替作業実施のため、下り本線の場内信号機に停止信号を、その手前の四五七自動閉塞信号機に注意信号を現示したうえ、下り本線七号、六号各転轍器をそれぞれ反位に転換して右六番線への進路を開通し、右八〇二二列車の電気機関車を六番線に進入させて貨車を連結してこれを引揚げ中であつたのであるから、このような場合列車の運転者としては常に進路の信号の現示を注視し、右四五七自動閉塞信号機の注意信号に従つて適宜速度を減速調整するとともに場内信号機の停止信号に従つて同駅場外において必ず停車しなければならない業務上の注意義務があるのに、右信号の現示を確認しないで漫然同一速度で同駅を通過しようとして進行した過失により、同日午後八時十分頃、自己の運転する右一九〇三急行列車を六番線に進入させて、引揚中の右八〇二二貨物列車に激突させ、右貨物列車を脱線転覆させるとともに急行列車の前部二両を脱線するにいたらせ、よつて貨物列車の運転士福森音松(当四三才)に対し全治約四ヶ月間を要する頭部外傷等の傷害を負わせた外、別紙一覧表(略)記載のとおり、東洋子ほか一二九名の乗客に対しそれぞれ傷害を負わせかつ両列車に対し見積金額一千二十四万円相当の破壊を致したものである。

証拠(略)

証拠による当裁判所の判断

一、事故発生の経過

本件衝突事故が起つた経緯の概略は、本件当時本件上り八〇二二貨物列車(以下貨物列車)が定刻(一九時五九分)より約三分遅れて到着することとなつたので、通常は一九一〇上り普通電車(以下普通電車)の出発(二〇時〇五分発)前に行うこととされていた貨物列車の構内入替作業を、普通電車の発車後に行うよう箱作駅木村助役から指示されてその打合せがなされ、同駅出札掛で転轍関係も担当している嶋殖己が同駅北信号所に到り、普通電車が発車して八号A転轍器(以下八号Aポイント、以下同様)を通過し終つた後、同信号所の挺子により先づ上り出発信号機、下り場内信号機を共に停止にし、次いで八号Aポイント及び八号Bポイントを反位にして三番線に停車中の貨物列車に「転轍よい」の合図を送り、同車が出発して六号Aポイントの大阪寄り約四米位に到つて停止した後、信号所内の列車接近表示灯により下り列車の接近のないことを確認した後七号ポイント、六号ポイントの順に反位にして貨物列車を上り下り本線を渡つて五号ポイント(常に六番線に定位)を経て貨物ホームに到着させ、右各ポイントをそのままにし、同所の貨車を連結した貨物列車に「引揚よい」の合図をし、同列車が進行を始めて二〇秒ないし三〇秒後(距離にして約三〇米ないし四〇米進行)本件下り一九〇三号急行列車(以下急行電車)が進行して来て六号Bポイントを経て六番線に入り貨物列車と衝突するにいたつたものである。

二、本件貨物入替作業の当否

(1)  先づ貨車入替作業の時間関係を検討すると、貨物列車は、通常一九時五九分に到着し、二〇時〇五分に出発する普通電車の前及び急行電車の通過(二〇時一〇分四五秒頃)前に入替を終り、二〇時三五分に出発することになつていたところ、本件当時貨物列車が定刻より約三分遅れて到着することになつたので、普通電車の出発後に入替を行うことになつたが、この場合普通電車が出発してその後尾が八号Aポイントを通過し終るまでの所要時間は概ね三〇秒ないし四〇秒とされており、次いで嶋殖己が上り出発信号機、下り場内信号機を停止にし、八号(A、B)ポイントを反位にして貨物列車に合図を送つて同列車が出発するまでになおかなりの時間(嶋の場所の移動、信号挺子操作、合図等を考慮すると少くとも五秒は要するであろう)を要すると認められるので、貨物列車が三番線を出発するのは概ね二〇時〇五分四〇秒ないし同四五秒頃になり、更に貨物列車が六番線の貨車を連結後出発まで約二〇秒ないし三〇秒を要したとされるから、貨物列車は急行電車の通過する二〇時一〇分四五秒との間の約四分四〇秒ないし四分三〇秒間に行われることにならなければならない。これに対して普通電車が出発するまでに入替を行う通常の場合には、貨物列車の到着時刻は一九時五九分であるが、三分位早く到着するというのであるから、普通列車の出発時刻との間の時間差が概ね八分強になつて両者の間にかなりの差があるばかりか、仮りに入替作業に若干手間を取つても、前者の場合は急行電車を駅構外で停車させるという異例の事態が生ずるのに対し、後者の場合は普通電車の出発を若干遅らせるだけで特に影響するところがないということになる。

(2)  次に急行電車進行の状況を検討するに、貨物列車が六番線から出発して五・六秒ないし一〇秒位に急行電車の接近するのが、その前照灯によつて分つたというのであるが、当時急行電車の途中の運転に変つたところはなく、尾崎駅も定時に発車しており、制限速度以上の速度で走つていたと認められる資料もないので、急行電車の運転時刻は略定刻と考えて差支えない。又急行電車が鳥取ノ庄駅を出て四四九号信号機に入つたときには箱作駅北信号所の列車接近表示灯が点灯し、同信号機から箱作駅まで所要時間は一分二〇秒とされていることを併せ考えると、貨物列車が六番線の貨車を連結し終つて引揚げのために出発できる状態になつていたときは、その出発に多少の時間(三〇秒位)を要したにしても、急行電車は少くとも既に右四四九信号機を通過してから約四〇秒経過した地点附近まで進行して来ておることになるから、右接近表示灯によりこれを確認することができたものと認められる。

(3)  以上貨車入替に要する時間を急行電車接近の状況を綜合すると、六番線から直ちに引揚げる作業は無理な状態にあつたものといわざるを得ない。

三、信号機関係と被告人の過失

信号機関係と被告人の過失の存否内容について考えるに、

(1)  前記信号所における信号挺子の操作においては、信号機と転轍器(ポイント)は連動しており、本件八号、六号、七号各ポイントが定位の場合には、常に、上下各本線が開通するようになつていてその信号も青を表示しており、右各ポイントを反位にするには、上り出発信号機、下り場内信号機を停止にした後でなければできない。この場合には、下り本線について言えば、場内信号機は停止、その外側即ち大阪寄りの四五七信号機は注意の各信号を現示することになる。又八号、六号、七号各ポイントが定位にあるとき右四五七閉塞信号機の外側即ち大阪寄りにある四四九信号機に列車が入るとポイントは鎖錠されて八号、六号、七号各ポイントは原則として反位にすることはできない(然し右の逆は可能である)装置になつている。そして当時右信号ならびに転轍の装置及び機能には故障がなかつたことが認められる。

本件の場合において、貨物列車の入替をするために、急行電車が右四四九信号機に入る前に八号、六号、七号各ポイントは反位にされたのであるから、下り線の場内信号機は停止を、四五七信号機は注意を現示していたものといわなければならない。電車を運転するものとしては、運転の安全のための指標となる信号はその理由の如何を問わずその現示を確認してこれに従つて従行すべき当然の義務があるから、急行電車を運転していた被告人は第四五七信号機で徐行して進行し、下り場内信号機で停止しなければならないのにこれを怠つて進行したことは明白である。

(2)  然しながら前記信号と転轍器における構造、運転保安内規の規定(特に一一条一二条二六条)、高速軌道の交通機関としての性質を考えると、本線の電車を優先通行させるのがその本旨に合するものであると考えられるところ、前述の入替作業は右を配慮した適切なる判断にもとづくものとは言えない。殊に本件入替作業の実施についても尾崎駅に連絡をとつておらず、更に信号ならびに転轍を扱う嶋殖己が急行列車の接近に注意を払つておれば一時入替作業を中止して八号、六号、七号ポイントを直ちに定位に復するなどして急行電車を通過させることが十分できたばかりか、急行電車の進行に気付いてからでも下り本線を定位に復する時間的余裕があつたと認められるから、急行電車を六番線に進入させず本件衝突事故を回避することができたか、仮りに事故が起きたとしても貨物列車は発進直後で速度も小さかつたこと、貨物列車の運転者は急行電車の接近に気づいて急制動の措置を行つていたこと、そのときの貨物列車の進行位置が未だ六番線上であつたことを考えると接触程度に止まり被害を最少限度に喰い止めることができたといわなければならない。

(3)  他方被告人は箱作駅手前の無人踏切通過前に警笛を鳴らしている事実、時期を失したとはいえ急制動の措置を行い衝突前にそれが利いたこと、司法警察員広田正男の本件急行電車に対する制動距離関係についての復命書によれば、当時の車両の状態におけるものと考えられる基準の空走距離が二三米となつていることが認められるから、被告人は少なくとも六号Bポイントより一〇ないし二三米手前の距離から制動をかけているものと認めなければならない。被告人が信号の表示に注意を払わないで慢然進行したことは大いに責むべきであるが、既に明らかなように結果の発生とのつながりの点を考えれば、箱作駅助役の入替における安全の配慮の欠如並びに転轍を扱う嶋の列車接近表示灯確認義務の怠り、更にはポイント操作の不適切が本件結果の発生に重大な原因を与えていることが肯認される以上、結果の発生に対する非難を被告人のみに強くすることは均衡を失するものといわなければならない。

四、その他の問題点

本件当時下り本線の前記各信号が進行信号を示していたのに急行電車が箱作駅に接近してから転轍を扱う嶋が場内信号機を停止信号にし、下り本線の転轍を反位にしたことが考えられるか否か、又当時信号機及転轍器に故障があつたか否かの点について検討してみると、先づ当時、信号、転轍の装置(連動、鎖錠、信号現示装置)及び機能に故障がなかつたことが認められる。次いで信号機(その現示を含む)と転轍器との関連は前述のとおり、下り本線が定位にあるときその四四九号信号機内に急行電車が進入するときは爾後同本線を反位(従つて八号、六号、七号各渡り線ポイントを反位)にすることはできない。この場合には下り本線の場内信号機は赤色の停止信号でなく進行の青色を表示するから、急行電車は下り本線上をそのまま進行することができる。ただ右の場合においても緊急時には継電器(リレー)の操作により下り本線の場内信号を停止にすることができるが、この場合には鎖錠されている転轍器が三〇秒後に解錠されてはじめて反位になることになつているところ、本件の場合は前述のとおり貨物列車が六番線から出発する頃には急行電車は第四四九信号機を通過してかなりの時間が経過しており、同列車が出発してから衝突まで五・六秒ないし一〇秒位であるから貨物列車の出発する頃に急行電車の接近を知つて右継電器の操作をしても急行電車が箱作駅に入る頃には末だ解錠にいたらず、急行電車はそのまま通過することになる。又実際に嶋が急行電車の進行に気づいたのは同電車がかなり接近してからであるから、継電器の操作をしても下り本線上の六号ポイントが反位になる間には急行電車が通過していることになる。従つて本件当時下り本線が反位になつているのに第四五七信号機及び場内信号機が青色を示していたということ並びに下り本線が定位になつていて急行電車が第四四九信号機内に入つた後に嶋が下り本線を反位にしたということはないものといわなければならない。

法令の適用

被告人の本件所為中業務上過失往来妨害の点は刑法第一六九条第二項に、業務上過失傷害の点は各刑法第六条、第一〇条、昭和四三年法律第六一号による改正前の刑法第二一一条前段、罰金等臨時措置法第三条、第二条に該当するところ、以上は一個の行為で数個の罪名に触れる場合であるから刑法第五四条第一項前段第一〇条により最も重い別紙犯罪一覧表(略)一二二の井口文子に対する罪の刑により処断することとし、所定刑中禁錮刑を選択して被告人を禁錮三年に処することとし、情状を考慮し刑法第二五条第一項を適用してこの裁判確定の日から五年間右刑の執行を猶予することとし、訴訟費用につき刑事訴訟法第一八一条第一項本文を適用して全部被告人の負担とする。

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